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2014年3月31日月曜日

オーバーステイで悩んでいる日本国籍を有する私

私は、仕事でよく渡航します。私はよく渡航をするので、日本のパスポートを所持するというアイデアは魅力的でした。日本をベースにする場合、米国のパスポートよりも移動が楽になるからです。たとえば、インドへのビザは、日本在住の非日本人の場合、手続きに時間がかかりますし、アメリカ人は中国への入国が日本人よりも困難です。日本のパスポートがあれば、キューバで休暇を過ごして、葉巻やラムを楽しむことができます。私には仕事の関係で日本に帰化した中国人の友人達がいます。彼らは、中国のパスポートでは仕事での移動がとても難しいと言います。

 日本国籍の資格の視点から言えば、私の最大の懸念は『継続した年数の居住』として数えるには多くの日数を日本国外で過ごしていることでした。合計100日以上を継続で、または150日以上を日本国外で過ごしており、これは『居住年数』に入りません。同様に、出張での米国への滞在も合計で1ヵ月を超えないよう、注意してカレンダーを確認していました。でなければ、米国の課税の2555という書類海外所得役務控除の免除を失ってしまうからです。米国市民は、毎年どこに居住しようとも書類提出をして、場合によっては納税をしなければなりません。

 言うまでもなく、私は帰化に必要な居留の要件は満たしています。

 数ヵ月待った後、私が思いもしなかった時期に帰化の許可に関する電話をもらいました。私は、法務省とのやり取りをしていて、もう少し時間がかかるだろうと思っていました。私が定期的に法務省とやり取りをしていた理由は、帰化が許可されるまで、生活に何らかの変化(仕事が変った、結婚、離婚、出生、死亡など)があった場合、または日本を出入国する場合、地元の役所およびケースワーカーに連絡をとることになっているからです。私は頻繁に日本を出入国しているので、電話をしやすいよう連絡先に星印をつけて、私を担当してくれている公務員の小林さんに連絡をしていました。会話はいつもこのような内容です。

「国籍課ですか?はい、小林さんをお願いします。」
「ケース番号をお願いします。」
「1279番です。」
「少々お待ちください。(待ち受けの音楽)国籍課の小林です。」 井上さんですね?」
「小林さん、こんにちは。以前お話しした通り、日本に戻りました。予定通りです。」
「おかえりなさい!フライトの詳細も同じですか?」
「はい、同じです。実は、来月また出国します。」
「わかりました。出国する前にまたお電話ください。」
「わかりました。ところで、私の申請はどのようになっていますか?」
「まだ何も聞いていません。もし何かありましたら、何か連絡があると思いますので、ご心配なく。何かありましたら、すぐこちらから連絡します。」
「ありがとうございます!」

 連絡を待っている間、成田と羽田での乗換を含む数カ国への移動を予約しました。出張に出かける1週間前、法務局から連絡があったと小林さんから電話がきました。

「良いお知らせですよ!申請が承認されました!日本人になりましたよ!いつ帰化者の身分証明書を受け取りにこられますか?」
「ええっと、出張から戻るまでの数週間、私の帰化を待っていただくことはできますか?」
「え?ええ… 申し訳ないのですが、だめです。既に決まったことなので。」
「日本のパスポートを取るには、どれくらいかかりますか?」
「至急ですか?恐らく、一週間くらいかかります。ただ日本のパスポートを取るには、まず国籍謄本が必要です。パスポートは、帰化者の身分証明書を元にして地元の区役所で作ることになりますが、急いでも10から15日はかかります。」
「日本のパスポートを手に入れるまで、米国のパスポートで渡航することはできますか?」
「ちょっとわかりませんね。私は入国管理ではないのですし。日本国籍関連のことしかやってないので。あなたの渡航の頻度を考えますと、できるだけ早くに日本のパスポートを取得することをお薦めします。」

 そこで私は、法務局へ帰化者の身分証明書を取りに行きました。月に一度位で授与セレモニーをしているようでしたが、急いでいたのでセレモニーはなしで、受け取りました。色々と助けてくださった小林さんにはお礼を言いました。小林さんは満面の笑みで「おめでとうございます」と言って頭を下げ、彼が書類の手続きをした初めてのアメリカ人だと言っていました。正式な手続きを済ませて、私はすぐに閉まってしまう前に区役所へ行き、元となる書類を使って、日本人となる手続きをすべて行いました。私の外国人登録を削除し、外国人登録証明書ARCを返還し、市民にのみ発行されるため国籍の証明となる住民票、そして関連する住基カードを作りました。問題は、私の戸籍謄本でした。私は帰化申請の本籍を私の家族の登録のある大阪市にしたいと思っていました。私が子どもの頃過ごした場所であり、私が妻と出会った場所であり、妻の家族の登録がある。大阪市は私にとって、日本の原点として特別な意味があったからです。本籍は、実際に住んでいる場所に関係なく、日本国内で任意の合法な住所(番地レベルまで)を指定することができます。問題は、もし本籍地が実際に住んでいる場所と異なる場合、本籍に対する一切の要請、作成、変更は、地元の役所から郵便で転送しなければなりません。ですから、至急の手続きが不可能です。至急に戸籍を入れることができないということは、パスポートを至急で作ることができません。私は残りの一日、地元の警察署へ行き、運転免許証の名前を合法な漢字の名前に変更し、デジタルで ICチップ内の本籍を米国から『大阪府大阪市』に変更しました。プライバシー保護のため、本籍は日本の免許証へデジタル的に暗号化されて二つのPIN暗証番号として保存されるだけで、カードに印刷されることはありません。

 次の週、空港へ行き、米国のパスポートで出国できるかを確認しました。私は自動化ゲートシステムに登録し、つまり私の『外国人在留資格:永住者』-とこれに関連する、在留資格を失わずに出入国を許可する数次再入国許可、そして私の指紋をコンピューターシステムに登録しました。入国管理官が行う唯一の手続きは外国人再入国のための出入国記録カードの処理と、 もしパスポートに実際のスタンプが必要な場合にはお願いすれば、自動化ゲートユーザーにも任意で押してくれます。

米国のパスポートと指紋をスキャンし、何も無いことを祈りました。問題ありませんでした。私はゲートを抜けました。

「ああ、これは便利だ」 と私は思いました。

私の永住者向けの数次再入国許可は、自動化ゲートで登録され、今でも有効です。恐らく、期限切れとなるまで記録されているでしょう。もちろん、更新できないことは知っていましたが、日本のパスポートの発行を待つ間の渡航の問題を解決する助けとなりました。出張から戻ってきてから申請すればよいのです。

 しかし、そんなに簡単には行かないことを知っておくべきでした。成田に戻り、自動化ゲートを再び通過しました。コンピューターは私を認識できないと表示しました。「再入力許可のQRコードをスキャンしてください」大変です。 そこで、最良の結果を祈って、スキャンしました。次のエラーメッセージは「係官に助けを借りてください」というものでした。

 機械の操作法がわからない人がいるのかと、自動的に呼ばれた係官がやって来ました。彼は手続きを手伝ってくれました。しかし同じ結果でした。彼は私のパスポートのすべてのページを確認し、もう一度試してくださいと言いました。同じエラーです。彼は管理画面にパスワードを入力し、今度は再入国カードの裏にあるIDのバーコードをスキャンするように私に言いました。しかし、またエラーです。ところで、私はこのバーコードの存在を今まで知りませんでした。

「そこでお待ちください。」

 彼は外交官/航空会社乗務員の列の横にあるベンチを指差しました。ベンチの隣には開いているオフィスがありました。彼は私のパスポートを持ってオフィスへ入り、他のパスポートスキャナーが接続されているコンピューターの後ろにまわりました。私は彼がスキャンする間、画面を覗き込む彼の表情を見ていました。彼が見ているものが彼に警戒心をかき立てるものなのか、(テロリスト、スパイ、指名手配中の犯罪者)それとも不快にさせるものなのか(ビザ違反、偽パスポートなど)判断しようと試みました。幸いそれは、困惑と狼狽の表情でした。彼は机にある電話を取って、セカンドオピニオンを得るために電話をしました。もう一人係官がやって来て、パスポートのすべてのページを確認し、スキャンをし、キーボードのいくつかのキーを押しました。すると二人は、画面のいくつかの場所を指差し、話し合いをして、机の下からマニュアルを出すと、インデックスを見て、ページを読み、ページの様々な箇所を指差して話し合いをしています。10分ほどで係官が戻ってきました。

「あなたは日本国籍をお持ちですか?」
「はい。」
「ああ、やっぱりそうなんですか!」それですべての説明がつきました。

「あなたは本来日本のパスポートを使うことになっています。見せていただけますか?」

 私は持っていないので、帰化の時点からのすべての状況を説明しました。

「ううん。どうしたら良いか、検討してみましょう。日本の運転免許証はお持ちですか?」

 私のような変ったケースの場合には、入国に日本の運転免許証が使えるかの様でした。しかし、です!私は運転免許証を持っていますし、更新もしましたから、日本人であることは証明できますが、家の車に置いてきてしまいました!そこで私は、自分の住基カードを渡しました。これはデジタルICチップに合法な日本のIDが入っているので、日本国籍を証明できます。しかし彼は私に謝ってきました。このカードは有効なIDなのですが、入管のコンピューターがまだ更新されておらず、このカードを扱うことができないとのことでした。

 彼らは私を通してくれました、(本来は罰金を課されるところでしたが、私は何も言われませんでした)しかし「なるべく早く日本のパスポートを取得してください」と警告されました。

「また渡航しなければならないのに、パスポートがない場合にはどうなりますか?」
「また渡航するのですか?」
「はい、5時間後に。」

 係官の目がまん丸くなりました。「ちょっと待ってください。」

 彼は、オフィスにいる他の係員と再び協議をしています。私は心配になりました。なぜなら、もう一人の係官は、手続きマニュアルを再びみながら頭を横に振っていたからです。10分後、彼は戻ってきました。

「通常の外国人の列を通ってください。何があっても、再入国の列や、日本人の列を使わないように。通常の外国人向けの出入国カードを使用してください。外国人居住者の再入国のカードは使わないように。」
「入国管理官が、私の米国のパスポートの永住権や、再入国のスタンプをみた場合、どうなりますか?」
「よくわかりません。」
「わからないってどういうことですか?!あなたは入国管理官じゃないですか!私は信頼できる答えが欲しいんです!」と考える私がいました。

 しかし一方で、特別に臨機応変な対応に深く感謝しながら、入管で足止めされて、この人達のIDバッジを覚えておこうとも思いました。(そうすればもしすべてが大問題になった時に、彼らを指差して責任を取ってもらえるからです)

 入国管理官は私の米国のパスポートに外国人出入国 (再入国ではない) カードを留め付け、搭乗部分を破り、上陸部分を残して、日本に入国した外国人観光客同様にパスポートにスタンプを押しました。

 こうして成田で入国を通過して、シャトルで羽田に向かいました。そこでは外国人(マニュアル、非自動化の)列を通りました。そこでの係官はカードの最後の上陸部分をパスポートから外し、再びスタンプを押しました。問題もありませんでした。質問もされませんでした。

日本に戻って来ると、成田の係官に言われた通り、外国人向けの出国カードを記入しましたが、私は通常の観光客向けの出国カードをみたことがなかったので、少し緊張しました。そこには再入国用のカードにはない、「日本訪問の目的は何ですか?」、「日本に何日間滞在する予定ですか?」等の質問があり、嘘はつきたくなかったので、それらのセクションをすべて回答せずにおきました。入管は私の写真を撮り、デジタルで指紋も採取しました。問題もありませんでした。私が回答しなかった部分について、係官は何も質問をしませんでした。写真もデジタルの指紋も問題はありませんでした。そのように手続きをされ、問題も、質問もなかったのです。私の米国のパスポートには、使っていない約三ヵ月の一時的上陸許可のある外国人用入国カードがまだ残っています。これは、今まで観光客や訪問者として日本にいたことのない私にとって愉快なことです。今まで一度もそのような経験がないのですから。90年代初頭に最初に訪れたときから、労働ビザで滞在していました。このステッカー/スタンプは、前のページにある再入国許可と永住権のステッカーよりも後(このステッカーによるとまだ有効です) の日付が押されています。私は遂に、観光で日本にやって来たのです。永住権を取得し、今では合法に日本に在住した後のことです。

 どうして入国管理官が私のおかしなスタンプのパスポートを見逃しているのか不思議に思っている方がいるとしたら、理由はこういうことです。QRコードがついていて、データベースに記録されている再入国許可は、『キャンセル』または『無効』というスタンプがなくても、デジタル的にキャンセルされていているのです。入管の観点から言えば、私は永住権を持っているけれども、私の数次再入国許可を早期にキャンセルすることにして、国を離れ、何かの理由(税金とか?)で永住権を実質的にキャンセルしたけれど、米国からの観光客として再訪したということになっているのです。ですからパスポートは、少し普通とは違う状態ではあっても、厳密には『規則違反』ではないのです。多くの永住権所持者は、もう一度取得するのは大変なので、放棄することはありません。

 渡航が一段落して、やっと数ヵ月後に日本の書類をきちっと手に入れることになった時、小林さんに電話をして、彼が入管に関してはあまり知らないと言っているにも関わらず、どうなっているのか調べてくれないかとお願いをしました。

 彼は数週間後に電話でこう説明してくれました。基本的に何が起きたかと言うと、私は既に日本人で、もう申請することがないので、私が海外にいる間、法務省が入管に連絡をとって、デジタル的に私の再入国許可をキャンセルしたのだと話してくれました。本来であれば、私が帰化したと同時にすぐに私の再入国許可をデジタル的にキャンセルするべきで、そうすれば自動化ゲートを使って外国のパスポートで、人間の目によるパスポートチェックを経ずに出国することはできなかったわけです。

小林さんは、日本の入管で米国のパスポートを二度と使わないように警告してくれました。私は米国市民であり、現在日本の観光客として記録(指紋バイオメトリックスを含むデジタルデータで)されていて、合法に認められている滞在期間を越えてしまっているからです。

「将来問題になるでしょうか?罰金や何かで?」私は尋ねました。

「たぶん問題にはなりません。最初の間違いを犯したのは法務省と入管なので。あなたの状況はとても変っています。提示したすべての書類は有効で、誠意を持って提示されました。しかし、担当役所間の問題となり、空港の入管で長い一日を過ごすことになるでしょう。あなたにフライトに遅れて欲しくないですから!」と彼は笑いました。

「ということは、指紋チェックのせいで、日本人として自動化ゲートを使えないということですか?」
「いいえ、それは問題にはなりません。データベースは、法的なプライバシー保護の理由から、繋がっていませんから。」

 ですから、日本人である私は、理屈をつべこべ言う必要なく、合法に日本に滞在することができるのですが、現在放棄手続きの最中ですがアメリカ人である私は現在厳密にはオーバーステイであることになっています。

ところで、今は日本のパスポートを持っています。

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